楽天~ヤフー~アマゾン~ インターネットコマース黎明期から独自の商品構成で20年、店舗運営に携わった元店長が提供する、健康・生活・食に関する情報の引き出し

欲しかった青い革のジャケット~黒だけど古着の革ジャン入手!

革ジャケット生活
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青い革のジャケット

20~23才の頃か?雑誌・ポパイだったろうと記憶するのですが、青い革のジャケットが載っていて、当時、凄く欲しいと思いましたが、貧乏学生に手が届く筈もなく・・

傷だらけの天使

革に対する憧れ・・
その出発点は・・かの”傷だらけの天使”・・

まだ鼻タレ(!?)の高校時代、子供ながらに色気づいて、当時は「メンズクラブ」が聖書で、「VAN」に憧れつつも親にせびるのも気が引け、亀田駅(今は新潟市・当時は中蒲原郡亀田町)前の洋品店・H店(まだあるのか?どうか?)で辛うじて似たような服を求めていたのでした。

高3か?浪人の頃か?TVで“傷だらけの天使”が放映され、ショーケン扮する小暮修や、水谷豊扮する乾亨が身に着けていた「革ジャン」に憧れたのです。
現役大学進学は叶わず、一浪することになり、新潟予備校に通いましたが、田舎の家から都会!?の新潟市内への足としてバイク(原付・ヤマハFX50)は大変機動力があり、重宝しました。
お陰で世界(生活範囲)が広がり、ある日、古着の販売会で1着の革ジャンを入手することができました。

青春の舞台・西荻

西荻love

上の写真は革ジャン入手から2~3年後の大学時代、当時住んでいた東京都杉並区の西荻(青春の舞台!?)にて。その革ジャンを着ています。(セピア色ですが・・)仲間の映画撮影のワンシーンとして、かつての”西荻ロフト” 前で獲ったカットです。

だい鉄
だい鉄

右のアクトレスがヒロインのストーリーで、自分はかつての恋人役。ほんの数カットだけ駆り出されたのでした。
あの頃、自分は音楽をやっていて、周りには芝居や映画にのめり込んでいる者もかなりいました。






上京後はアイビーからヨーロピアンとかコンチネンタルと呼ばれていた服装にシフトし、 「VAN」から「JUN」へ・・
ショーケンが“傷だらけの天使”で着ていた「メンズ・ビギ」もズボン(スラックス1本だけ?)を背伸びして履いていました。
 (泥くさい音楽をやってもいたため、普段はもっぱらジーンズやTシャツでしたが・・)

・・時は随分流れて。

~かつての皮ジャンもボロボロになり、いつしか手元にはなくなっていました。

寒い季節にはネクタイを締めて


それから40年のもの年月が経ちました。

仕事も住居も幾多の変遷を経て(随分、人生の荒波に翻弄され)、生活をリセットしてから凡そ1年半・・ようやく身の回りのことを気にする余裕も出てきました。
衣服はもうずっとあまり新調もせず、スーツは20年以上前のものを着ていましたが・・

だい鉄
だい鉄

実家の母がよく使っていた言葉・・”醤油煮しめ” ~のような、醤油が染み込んだような色が、そのスーツには染みついていましたが(^^;



ふと、若かりし頃に恋焦がれた青い革のジャケットのことを思い出しました。
あの時のジャケットが欲しい・・

色々と探し回りましたが、中々お目当てには出会えませんでした。もう諦め、格安のフェイクレザーのジャケットに妥協しようか?と考えていたところ、近所のリサイクルションプで出会いました!
黒ですが、大きさ・スタイル~まあまあの革のジャケット!しかも、お値段2500円!!

革ジャケット

革ジャケット後ろ


若かりし頃に着ていた皮ジャンはバイクを乗るときの着用も想定したものでしたが、こちらは襟が付いたジャケットで、街中で着たいもの・・

これからの寒い季節にはネクタイをキリッと締めて、背筋を伸ばして。

まだまだ光らなければ!
七人の敵がいる男の世界・・

~なぁんちゃってぇ~ (^^;



PlymoutH!









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